[PR] 投資信託
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | -
文フリに出る本に書いてる文紹介
金沢文フリで売られる本に書いてる文章の紹介です。

【え-10:痛覚】
●新刊/短歌中心百合アンソロジー「きみとダンスを」
https://c.bunfree.net/p/kanazawa01/2878
・短歌10首連作「ナチュラル・ボーン・ウィナーズ」
・「想像力が足りない故にここに君を再現できぬ故にかなしい/花山周子」を下敷きにしたSS

春まけて 最終回には まだ早い カーラジオから スローバラード

もう何個の夜が来た?
わかりません。はるみ、君がギンレイを離れてどれくらいになるんだろう。君のすぐあとに天草が去り、それからしばらくしてアンコールもセミノールも出てゆきました。


【う-41:夜間飛行惑星】
●既刊/性別越境アンソロジー「兼ネル」
https://c.bunfree.net/p/kanazawa01/2901
・掌編小説「銀河」
※「あなただけ方舟に乗せられたなら何度も何度も手を振るからね/馬場めぐみ
残像のあなたと踊り合いながらあらゆる夏は言葉が許す/堂園昌彦」などの短歌を引用しています。

 海には無数の本が沈んでいる。どの本も生まれたばかりのように傷ひとつない姿で暗い海の底に光っている。海辺のようすはいつでも変わらないけれど、沈む本はそのときどきで変わった。私たちはユリに導かれて海に潜り、見つけた本をひらく。
 はじめ、得るようになった海辺についてのぼんやりとした記憶を、私は夢の占いと呼んでいた。


●既刊/BL短歌合同誌「共有結晶」vol.3
http://bltanka.info/?page_id=15
・短歌10首連作「blue」
・「人の死を詠みたし春の風呂場からシャワーを止める音が聞こえた/染野太朗」を下敷きにしたSS

友よ そうするほかになく炎天にふたり立つ百年を憎むか

「そういえば、ことしはたぶんどっちも出す」と叱られたTの話題は突然変わった。「で、どっちもとれなかったら歌壇も出す」
 短歌研究と角川、ふたつの新人賞にどちらも出す、という話だ。どちらも受賞しなかったら秋の歌壇賞にも出すという話。
「行けるんじゃん」
「おまえも出すんだろ」
「まあ出すだけだけどな」と口を動かすと、なんだか予想を超えて切羽詰まった声が出た。

comments(0) | -
短歌作品集の案内
ハッピー・工イプリルフ―ル!
5月の東京文フリで個人の短歌の作品集を出すので、その案内です。
Ш中千瀬が早稲田短歌会に所属していた4年間に作った全連作を加筆修正して収録しました。
また、その短歌たちのなかから何首か選んで、それに寄せる掌編小説をШ中が書いたり、
漫画、イラストを唐云謝咾描いたりしています。
 

Ш中千瀬 作品集「眠るな、走れ、うちに帰れ!」
文庫サイズ/212頁(内カラー口絵4頁)/イベン卜価格1200円(通販価格1500円)

収録連作
●Re:いよみしま
●ペイント・イット・ブラック
●金魚さよなら
●むしたちの
●さよならうどん博士
●さかなのぼうけん
●映画三部作
 /ロード・ムービー
 /グランド・フィナーレ
 /クレジット
●同じ夢を見よう
など

エイプリルフール特典として、本日中(2015年4月1日が終わるまで)に予約いただいたかたには、
特製アクリルキーホルダーをプレゼントします。

※文フリでもお金とって売る予定です。

内容詳細や予約方法は こちら まで。
よろしくお願いいたします。
 
comments(0) | -
四年前のことメモ
 たぶん忘れないんだけど、忘れないように、書いちゃおうと思う。
 2011年3月7日、一週間のロシア旅行から帰って来た。マトリョーシカと写真をいっぱい連れて。ロシアではちょうど雪解けのころで、でもまだぜんぜん寒くて、トーキョーに戻ったらあったかいぞとわくわくしながら飛行機に乗った。飛行機のなかでは夜明けを見ていた。飛行機が着陸し、窓の外を見ると、飛行場には雪が降っていた。
 翌日と翌々日はたぶん眠ってすごした。時差ボケってやつだと思う。それを治してやる必要があった。起きているときはマトリョーシカを開けたり閉めたりしながらこれは誰々にあげようと考えたり、クワス(黒パン味のジュース)の賞味期限が以外と短いことにびっくりしたあと、あーでもロシア賞味期限切れたパンの安売りとかしてたし、切れてからでもきっと大丈夫なんだろう、と安心したりしていた。
 3月10日、早起きをする。

 こんな夢を見た。青緑色の果てしない海に浮かぶ球体の表面に暮らしている。空には昼も夜も星たちがいる。その中でひときわ大きく燃えている星。この星はだんだん、海と私たちの球体に近づいてきている。星が海に落ちるとき、その衝撃で、私たちの球体も海へと落下し壊れるだろうと言われている。
 その日の晩が最期だと言う。学校の真四角の窓からは街、立ち並ぶ工場の煙突、ゆっくりと落下する燃える星がよく見える。星は目に見えて巨大化している。プールでは海に落下したときに備えて、水に慣れる訓練をしている人たちがいくらかいる。私たちはそんな人びとの、細くて白い体を見下ろして、笑う。
空はいったん真っ赤になって、夕焼けだ、煙突はまったく影絵のようになる。
 それから夜が来る。煙突の向こうに広がって、薄く光っている海。星が近づいたために、今日はいつもより明るいのです。姉は首に一眼レフをさげて、私はポケットにちっちゃいデジカメを隠している。校庭では最後の晩餐と称されたライブイベントが行われようとしていて、みんながケミカルライトを振るから、これじゃあ光がうるさくて、うまく星が落ちる瞬間がとれないじゃんと愚痴を言う。でもゲスト(私は知らないが有名な声優らしい)が急遽欠席を表明をしたようで、人はまばらに去っていく。よかった。
 星はもうすぐ海に触れる。
 私、姉、たくさんの友だち・先輩・後輩(ここには子どもたちしかいなかった)、みんなで窓を見守っていて、ああ星の落下速度! 友だちは私の腕に抱きついたし、先輩は窓枠を握って衝撃に耐える準備、後輩のうちふたりが手をつなぎ合うのが見えた、私はカメラをかまえ損ねた。
 (星は落下速度をぐんぐん増して、海に飛び込んだ、線香花火を水面に落としたみたい、散り散りに光がとんで、海ごと跳ね、私たちの球体も大きくゆれた。それを、側面で、絵画でも見るように、見ていた。)
球体の表面で煙突は傾きたくさんの屋根はふきとんでいた。でも人びとは無事だった。私は瞬間の写真撮れんかったと悔しがった。姉がきれいに撮っていた。友だちのひとりは携帯でとった動画を自慢してきた。笑いながら家に帰った。人びとはもう終わりと思って乱獲した海の幸を、料理時間がなく、みんな素揚げにしまくっていたから、それが町中にあふれていた。

 なんだかすごい夢だったと目を覚ましてからちょっとだけぼーっとする。今日からバイトだった!と気づき、あわてて部屋を出た。名画座でのアルバイトの、5日間の研修の初日だった。名画座の最寄り駅について時計を確認すると1時間早くついていた。ドトールのモーニングで心を落ち着かせる。それから言われた時間の5分前に名画座のドアをくぐる。バイトの服装はジーパンにスニーカー、エプロン。館内の掃除の仕方や、お客さんへの対応を少しずつ教わる。社員さんが映写機を撫でて、そのうちこいつも覚えてもらうからねと言う。どきどきだ。それがやってみたくて履歴書を送ったのだった。その日の上映作は「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」と「クロッシング」。早番なので3時でバイトは終わり。映画を見て行ってもいいよと言われたけど、たいした仕事もしてないのにくたくたで、また今度にします、と答えた。
 翌日も早起きする。ちゃんと起きれたことに安心する。バイトはいよいよバイトらしくなって、会員制度のある名画座なのだけど、その登録の案内のやり方を教わった。映画の上映中、ロビーにお客さんがいないあいだに、社員さんと小芝居するみたいに練習した。なんだかにやにやしてしまう。上映が終わって館内から出て来たお客さんや、つぎの上映を見に来たお客さんに声をかけられる。会員になりたいんだけどとお客さんは言う。それで覚えた通りにやろうとする。のだけどうまくいかない。あわあわしている私を社員さんはすぐに助けてくれるけど、なかなかうまくいかないものだなあと落ち込む。しゅんとした私に社員さんは、じゃああとは映写室でのんびりこれ読んでるといいよ、元気だしな、と黒いファイルに入ったマニュアルを渡してくれた。バイトの終わる時間も近づいてきていた。映写室の薄暗がりのなか、フイルムの回る音、映写機の作動する音、そして映画をききながらマニュアルを読んだ。読んでいると揺れた。私は不安になって映写室から出て、揺れてませんか、と言った。窓口にいた社員さんたちは、そう? 揺れてる?と不思議そうにしていた。それからすぐに揺れは強くなった。社員さんは映写室に飛び込み、映写機を止める。フイルムは無事だった。私ともうひとりで場内の扉を開けた。お客さんたちは映画が止まったことに冗談としての文句を言いながら、きれいに整列して外へと出た。どれくらいの規模の地震だったんだろう。山中さんのケータイ、インターネットできるよね、確認してみて、と社員さんに指示される。私たちはみんなで小さい画面を覗き込んで、これは相当大きい地震だぞ、とだんだん理解する。トーキョーがいちばん揺れて、いちばん揺れたのがあれくらいのものなのだとおもってたら、違うみたいだ。
 お客さんたちの差し出す半券にサインして、これを持ってたら別の日に見に来られます、すみません、と頭を下げていく。みんな誰に怒ればいいかわからないし、私たちもなにに謝っているのかたぶんよくわからなかった。半券を持って去っていった人びともたくさんいたけれど、軒下に残って再会を待つお客さんもたくさんいた。このひとたちメンタル強いな、とちょっとおもしろかった。上映は再会した。バイトの時間は終わっていたけど電車も止まっていたので、電車の復活までのあいだ映画を楽しむのもいいだろう、私も見て行くことにした。でもすぐに次の揺れが来た。私は席を立って、扉を開けて、ふたたびお客さんを誘導した。
 今日はもう上映は行いません、ということになって、またスタッフのみんなはお客さんの対応に追われる。私はロビーの椅子に座って、どうしようかな、と考えていた。映画館から大学までは通りをまっすぐ行けばいいし、大学から高田馬場まではいつも歩いている道、高田馬場からうちの最寄り駅までは電車で一本だから、つまり線路沿いを歩いて行けばカンペキ。ジーパンにスニーカー。100キロよりかは全然近い。私は100キロハイクを歩いたんだから、こんな短い帰宅なんて、簡単な仕事だ。スタッフさんたちに「歩いて帰ってみます」と言って、名画座を離れる。気をつけてねと言われた。気をつけます。歩いて帰ることにしたと母にメールすると、充電器を持っときなさいと返事が来た。なるほど。馬場歩きの途中でコンビニに寄って、電池式の充電器を買った。高田馬場から線路沿いに歩いている途中で、それがちがう電車の線路だと気づいてじぶんにがっかりした。「あたしってほんとバカ」とツイートしたあとに、やべーなこれ、なんかのフラグみたいじゃん、と思った。
引き返して、正しい道を歩いた。ずっと平沢進を聞いていた。夕焼けのなかを歩いて、途中でiPodの充電が切れ、平沢進が途切れると、途端に不安になった。まわりには同じように帰宅ハイクをする人びとがいたけど、ツイッターを見るといろんな恐い噂であふれていて、人気の無い道も人があふれてる道も恐ろしかった。川沿いを歩いているとき民家から顔を出したおじさんが歩くひとびとに向かって「こっちは行き止まりですから一つ先の道を」と説明しているのをきいた。それでちょっとだけほっとした。ヒールで歩くお姉さんに、スニーカー、正解だったね、と声をかけられて、がんばりましょうねと答えたりした。家の最寄り駅まで着くと夜7時だった。すっかり夜だ。コンビニ前の公衆電話で、実家に電話をかけた。ちゃんと帰ったよと報告する。
どんな惨状が待っているだろう、本棚は倒れているだろうか、テレビは床に落ちてないだろうか、おそるおそる部屋の扉を開けると、そんなに変わった様子はなく、机の上のマトリョーシカが倒れて中身のマトリョーシカを零れさせていた。それくらいだった。
 そのとき私はサークルの幹事長をしていたので、会員たちの無事の確認もおこなったはずだ。もしかしたらそれは翌日からだったかもしれない。京都のサークルとの合同合宿を目前に控えていたため、あらためて出欠を取り直し、その人数を京都側に連絡したりした。
 明日からのバイトどうなるんだろう、とも考えた。名画座の建物は古い。大丈夫だろうか。あしたの朝に行ってみたら崩れてたりしないだろうか。22時になると、電車が復活していた。あしたの朝は電車でバイトに行けるわけだな、とほっとしたような、がっかりしたような気分になった。とても寒くて布団のなかで震えながら体温計で体温をはかると何度やっても34度で、こんなときに体温計まで壊れるなんて、とかなしかった。
 それでも翌日もちゃんと早起きした。

 こんな夢を見た。 扉が凍り付いていたので、みんなでコンビニにライターを買いに行った。全員分のライター買いに。いまどきの学生さんも煙草を吸うんですねってレジのおばちゃんに言われた。何も答えずに再び扉の前に立って、いっせいにライターをかざし、扉は氷ごと溶けていく。
 扉の向こうのビル街も凍っている。
でもとても美しかった。地面では雪のあいだに黄緑の草、ピンクや黄色の花々が顔をだしていて、ビルは緑色の蔦を芸術的に巻 き付けた姿で、水晶のなかにいるみたいに青く光っていた。すごいすごいと私たちははしゃいだ。でもそのうちのひとりが懐中電灯をとりだして、気づく。美しい風景は全部うそで、懐中電灯で光をあてると、もとの茶色く溶けてぐちゃぐちゃになった地面、泥にまみれて傾いたビルが見えた。私たちは走って扉の枠を超えて、もといたところに戻ったけれど、向こう側から土砂が流れてきて、こちら側までよごしてしまう。

 名画座につくと、ずいぶん疲れた様子の社員さんたちに出迎えられた。結局きのうは帰ることができず映画館に泊まったのだと言う。その日はさすがに上映は休み。それでもやって来るお客さんの対応や、問い合わせの電話への対応で、あっというまに3時になった。
 余震は続いていて、でも揺れたときに「揺れた」と書くのが恐ろしく、「おっぱい」とツイートしたりした。ツイッターを見ているとやっぱり噂であふれていて、私は換気扇を止めたり部屋の通気口を閉じたりした。神戸にいる双子の姉のことを考えて、なにかの実験みたいだな、と不謹慎なことを思ったりもした。
眠ってるときも起きているときもずっと揺れている感覚があった。それでたびたび夜中にも目を覚まし、夜中に時計を見てはじぶんの眠れなさに焦るような気持ちになった。単にバイトの早起きが不安なだけだったのかもしれない。
翌日もちゃんと目を覚ました。寝不足の気分は抜けたかったけれど、バイトだから「仕方なく」起きて「仕方なく」ちゃんと生活するのは、心地よかった。まだ上映は再会しない。会員案内のやり方の復習や、映写の練習をさせてもらった。その次の日からバイトは休みなので、遅くまで起きて愛媛の友だちと三人でスカイプ通話をした。めちゃくちゃ心配された。くだらない話もいっぱいした。
 14日、バイトがないので久しぶりに寝坊できる、とおもっていたけど、強い揺れで目を覚ました。舌にでっかい口内炎ができていてつらかった。その夜に夜行バスに乗る。15日、起きたら京都にいる。合宿! 早く着きすぎたので、集合時間までなにをしよう。おなじく早く着いた後輩と一緒に水族館に行った。できたばかりの水族館のイルカショーは下手くそだった。魚や海獣、ペンギンの写真をいっぱい撮った。
 合宿はつつがなく終わった。口内炎のせいで食事を楽しめなかったのはいまでも心残りだ。
合宿を終えると神戸で母と合流する。母と神戸のホテルに泊まる。ホテルの部屋で深夜アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」が始まるのをずっと待っていたけれど、とうとう始まらなかった。放送休止だった。神戸には実家の引越の手伝いに行ったのだけれど、風邪を引いてずっとだらだらしていた。京都や神戸でもやっぱりずっと揺れている気分だった。
 22日、伊予三島に行って観劇する。川之江高校演劇部の「ナオキ」を見た。
 そして昔からの友だちにいっぱい会った。カラオケに行った。夜行バスに乗った。
 23日、トーキョーに帰ってくる。ツイッターに書いてるのを見ていま書いていて、ぜんぜん覚えてないのだけど、大学の近くの喫茶店でみんなで集まってごはんを食べてたみたい。私はずっと元気だった。その後の日々にはトイレが詰まってSEIYUにトイレのすっぽんを買いに行ったり、まどマギの休止が長引いたことに悲しんだり、またバイトの日々に戻ったりした。
続きを読む >>
comments(0) | -
PROFILE
LINK
Search this site :